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次世代に残したい中池見湿原(湿地)の散策 2003.8.13
中池見湿原(中池見湿地)は、周囲を山に囲まれた面積約25haの湿原である。
ここに、今から10年ほど前、液化天然ガス(LNG)基地建設の計画が持ち上がる。その後、敦賀市、大阪ガス、NGOグループ(湿原から全ての人為的影響を排除し、湿原を保全すべしと主張)とが様々な議論を重ねた末、2002年春、大阪ガスの計画白紙撤回が決定された。一企業が湿原を保全した例としては、東京電力の尾瀬ヶ原湿原の保全に次ぐ、二例目の快挙であった。
【敦賀LNG基地計画の中止についての記事】
ーーー大阪ガスHP
2003.8.13、中池見湿原を訪れた。
まず、敦賀図書館に立ち寄り、中池見湿原の保護活動を調べ、その場所を尋ねた。
野坂山から下山したばかりの汗臭い、泥だらけの風体にもかかわらず、親切に地図を描いて教えてくださった学芸員の方、また二階の資料室の係りの皆さんに、心より感謝を申し上げます。
中池見湿原(国道8号線バイパスからの全景)
さて、私が暮らす三重県名張市には、町中の住宅街に、桔梗が丘10号公園がある。
周囲は宅地開発されてしまったが、富士講池(灌漑用)を中心に雑木林に包まれ、多くの野鳥や、小動物が生息し、多種多様な植生を見せる貴重な場所だ。自然公園のような、たたずまいさえ感じられる。
先ごろの野生傷病鳥獣救護センターのミニ集会いでは、ほほえましいバンの子育ての様子が観察できた。
この公園の価値は、いわゆる都会の公園のように、コンクリートや箱物で汚されていないという事ではないだろうか。公園には地肌のままの散策路が通い、足裏に心地よい感触を響かせてくれる。水辺まで降りられる遊歩道からは、オタマジャクシやメダカの群れをすくうこともできる。季節ごとに羽根を休める渡り鳥の種類は、30種を超える。
この公園が開発の波に晒されている。
ある救護ボランティア会員の話では、公園の散策路を拡張(2m→3m)し、アスファルトで舗装する計画があるという。人間の利便性のみを追及することで、どれほど野生生物を窮地に追い込んできたか。
自然・野生生物との共生を謳う名張市民の私たちは、なんとしても彼らの側になって考えなければならない。市街地の真っ只中に、自然の風情を色濃く残した公園があることの素晴らしさを、この公園を今の姿のまま、子や孫の世代に残すことを、皆で誓い合いたいものだ。
一度壊された自然環境をもとに戻すのは難しい。不可能なのかも知れない。中池見と桔梗が丘10号公園の規模は違っていても願いは同じ、そんな心持で、中池見湿原の見学を思い立った。
湿原は水の大地。
中池見湿原には【根木(ネキ)】と呼ばれる直径2〜3mものスギの巨大な株が多数埋没している。かつて、この地には、日本海沿岸に特徴的なアシウスギなどの高木が混生する湿地であったようだ。
すべての生命は水とかかわり存在する。
水分の多い大地・湿原は、湖沼、河川、海、森林などの、水の供給地となる自然と結びつき、あるいは内包することで、生物の多様性を生む。
ハゼの巨木(トトロの木・笑、と呼ばれるシンボル・ツリー)が見守る中池見の四季。
春。在来自生のセイタカタンポポ、カンサイタンポポが群生し黄色の花絨毯を織り成す。ヨシ原はサワオグルミが黄金色に彩りを見せる。
夏。蒲の穂がユーモラスに風に揺れ、ヌマトラノオ、コバギボウシ、オモダカなどが開花する。
秋。ヤナギヌカボ、ミソハギ、サワヒヨドリなどが豊かな植物群楽を作る。
冬。白銀の衣をまとう静寂の世界。全てが眠り、春の到来を待つ。
夏の湿原
湿原は、湿地とか泥炭地とも云われる。
【湿原・湿地】ーーー植物学で使う用語。湿原植物の生育している場所。湿原は泥炭を含む地域で、湿地は泥炭を含まない地域で使われることが多い。
【泥炭地】ーーー地質学で使われる。必ずしも湿原植物が生育しているとは限らない地域もあるので、湿原とは違う。泥炭は、枯死した植物がバクテリアの作用で完全分解することのないまま、数千年の歳月を経ても土にならずに堆積している「土」のこと。
湿原は、構成植物・生態条件などによって、低層湿原、中間湿原、高層湿原と分類される。
『中池見は温暖な西日本の照葉樹林帯に位置する数少ない平野部の低層湿原である。低層湿原は水田としての利用価値が低く、関東以西では大半は住宅地などとして破壊されてしまった。その中で、中池見はわずかに残った貴重な例なのだ』
ーーー安田喜憲(環境考古学)
『中池見湿地は、天筒山、中山、御山の三山に囲まれた典型的な袋状埋積谷で、日本の地形レッドデーターブック第1集(1994)にも、最も緊急な保全を必要とする地形として記載されている。
地質学的には、敦賀断層の北西地域が北西方向に傾き低下する地殻運動の継続によって形成されたと考えられ、埋積谷や中を傾斜する活断層の存在も推定される、地殻構造の面からも特殊な場所である』
ーーー中池見湿地(敦賀市)の自然(1996)
ナチュラリスト敦賀・緑と水の会
つるが草の根の会
中池見シボラの会
中池見を伝える女たちの会
『泥炭層は弱酸性であるため有機物が分解されずに残り、その中には過去の環境を復元するための有効な指標である花粉、珪藻(淡水や低塩分の水に生息する藻類)、あるいは大型動植物の化石などが大量に含まれている。
これまでの花粉分析・炭素14年代測定などによって、中池見湿原の40m以上に達する堆積物は、最終間氷期末期から現在までの約12万年間の環境変遷史を良好な状態で保全していることが明らかになった』
ーーー安田喜憲(環境考古学)
中池見湿地トラスト・ゲンゴロウの里基金委員会のホームページです。どうぞお訪ねください
当初、大阪ガスは湿原破壊の代償に、25haのうち4haの湿原と周辺地域を保全エリアとする計画だった。その中核施設が、2000年春、湿原と里山の環境教育センター【中池見・人と自然のふれあいの里】(事業者:大阪ガス株式会社)として完成し、研究員も配置された。
『盆地一帯は伝統的水田と休耕田、ヨシ原などがモザイク状に入り組んだ多様な湿地環境ができ上がっており、自然と人為とが渾然一体となって織り成す、豊かな自然が存在している』
ーーー中池見湿地(敦賀市)の自然(1996)
湿原へ向う途中、お仕事中の親父さんに道を聞くと、
「おう、三重県から来たか。それは、遠いところをご苦労さん。気をつけて行きなさい・・・」
と笑顔で答えてくれた。中池見湿原を誇りにされている、そんな感じか伝わってくる。地元の方々の、身近な自然への意識、関心の高さを想った。
表玄関の【中池見・人と自然のふれあいの里】へ向うつもりが、行きがかりというか、なんというか、裏口(笑)の方へ到着してしまった。
8号線のバイパスの路肩(閉ざされたゲート前)に停車し、通常の観察エリアから外れた場所を歩く。かつての工事用(?)の、砂利を敷きつめた道路が痛々しく延びていた。
湿原の端に建設されてしまった道路(幅6m〜8m)
砂利石が湿原内部に広がり、草が枯れ地肌の露出が見られた。湿地の乾燥化は危険シグナルである。
道路建設に資材が放置され、ゴミ捨て場のようになった個所も・・・
なぜか湿原内に『発砲注意』(敦賀市)の看板が。
野生鳥獣保護区域にして、完全な禁猟にしたい。
自然を維持管理するという考えから、自然あるがままの姿に放って置く考へと発想を転換したなら、いったいどんなことになるのだろう。
水源の森(伊賀には、私たちの飲料水を確保するために開発を禁止している森がある)を歩いた僅かな経験でしかないが、野生の呼び声(大袈裟ごめん・笑)が聞えるような心持がした。やっぱ自然本来が良い。
夏空を映す小沼群。トンボやチョウが何種類も遊んでいる。
夏風にゆれる蒲の穂。私の気配で、アオサギが舞い飛んだ。
小魚も豊富なのだろうか。
多種多様な植物で被われた池塘。水鳥(カルガモ?)のツガイがいた。
表玄関の【中池見・人と自然のふれあいの里】のみを見学していたら、ついぞ知り得ることができなかった景観を見ることが叶った。
正直な感想を言えば、私は表玄関の、
『今までは【手付かずの原生自然】のみが自然保護の対象となっていたが、今後は【人為の入った自然】・・・言い替えれば【文化的自然景観】についても価値観を確立させていかなければ・・・とした、生態学会としての新しい提案の視点です』
ーーー日本生態学会シンポジウム(
1998年(?)6月23日に敦賀で開催)
という理念も面白いとは思うが、やはり裏口(笑)から眺めた、人為的痕跡のない湿原景観に惹かれる。(大阪ガスの工事跡、未舗装道路は別)
一面の蒲の原に、未舗装の自動車道路が通ってしまっいた。
この道を、元の湿原に戻すことができるだろうか?ここから水分が蒸発し湿原の乾燥化が始まる。
私が写真撮影をしていると、プロパンのボンベを積んだトラックが、閉ざされた通用口を開けて走り込み、表玄関の方へ向い、しばらくして引き返すと、出て行った。(一般車両ではないけれど、車の往来は中止したい)
豊かな森林か水を貯え、絶え間なく水を供給することで湿原は成り立つ。湿原の保護は、周辺の山々をも含めなければ効果のないことは、釧路湿原の例を上げるまでもなく明白だ。
大阪ガスの用地買収は湿原周辺地域まで及び、約105haがその範囲になっているという。
開発計画の白紙撤回を契機に、トラスト運動を周辺地域全体にまで広め、【中池見湿原】すべてを、そのまま【フィールドミュージアム=野外博物館】として残すという目標の達成を願いつつ、帰路についた。
記)ブンチョウ之助